top of page
  • Noir LinkedIn Icône
  • Noir Icône Instagram
Rechercher

コルシカはワイルドだった

Photo du rédacteur: Mari Okazaki
Mari Okazaki
13 août
8 min de lecture

Dernière mise à jour : 18 août


いろんな意味で全私が泣いた、かの伝説の舞台「アラジン」から約二週間後... 我々家族は、エールフランス航空の機内にいた。毎年恒例、夏のバカンスをおフランスで過ごすためである。


ソウルのフレンチスクールには、校舎の狭さから来るのか、はたまた需要がないのか、フランス本国と違ってバカンス中の「学童」がないため、親が二ヶ月間しっかり世話をすることになる。夫もさすがにそんなに長くは休めないため、だいたい 8 月は私と子二人で過ごすのが常だ。


最近は猛暑の日々もあるが、ヨーロッパの夏は気候もよく、街も田舎の景色もさらに美しく、目に優しい。戻ってこれて嬉しいおフランス。しかしその実態は、8 月になれば、韓国帰国まで一ヶ月程みっちりワンオペをするという、苦行と背中合わせ...!


私はまだ一人しか子がいないので、何人も育てていらっしゃる世のお母様方には、どれだけ尊敬しても足りない。甘ったれてんじゃねぇと石を投げられそうである。子も 8 才になったので、赤ちゃんのように癇癪を起こして泣くだとか、意思疎通が取れず辛い思いをする、ということも無くなってきた。


しかしうちの子の場合、なぜかひっきりなしにずっと喋っているという特性があって、それに付き合うのはけっこう大変だ。これについてはこの夏、謎が解けた。理由が分かっただけでもすっきりしている。




10 ヶ月ぶりにおフランスへ戻ってくると、あれだけ長く暮らしたはずなのに、最初の 48 時間はちょっとおかしな感じがする。


韓国でも、家や、学校や、友達とは絶えずフランス語で話しているというのに、フランス本国へ帰ってくると、どこか調子が狂ってしまう。言葉が出づらくて、もどかしい。だけど耳に入ってくる言葉は大体全部分かるという便利さもある。(韓国ではそういうわけにはいかないのでな...!)


街を歩いても、日差しの強さに圧倒される。写真を撮っても光量が違う。光と暗のコントラストが強くて、どんな構図でも絵になるようだ。



私の日本の両親から、フランスの亡き義父へ贈った花束。



韓国での仕事がハードで、ストレスが溜まっている夫は、「夏のバカンスは思いっ切り楽しむ」という熱い Nindô がある。「俺は前々から、コルシカ島へ行ってみたいと思っていた。大好きなビーチもあり、山もある。今年こそ行くぞ。Road trip だ!」と勝手に宣言している。




私は正直、コルシカ島と聞いて「ナポレオン」や「栗」、「イノシシ」くらいしか思い浮かばない。山は綺麗そうだけど、特にいつか行ってみたいというモチベーションもなかった。それに暑さも怖い。コルシカはここパリよりもっと下がって、ほぼイタリアくらい南にあるではないか。現に、コルシカのすぐ南にはサルデーニャ島(イタリア)もあるし。


暑さも怖いし、マフィアも怖い。なぜか島内にバーガーキングは出店しているが、マクドナルドだけは昔オープンしようとしたら、コルシカの人々は基本的に外資系資本を嫌うので、火を付けられた。なのでコルシカの若者は、マクドナルドが食べたくなると、マルセイユまで船で行って、港のお店へ直行しているという嘘か本当か分からない話を昔マルセイユ出身の同僚に聞いて、背筋が凍りっぱなしだ。



よくあるジョークか、笑い話だといいのだけど、真相は闇の中である。まぁマフィアに気を付けつつ(?)、名物の栗味の生ビールがテラスで飲めれば十分満足かな、と思っていた。


しかし、ぐねぐねとした山道を走っていたら、寝ていたはずの子も吐くし(おーらら)、あちらこちらのガードレールに FLNC(コルシカ民族解放戦線)とか、「イヴァン・コロンナ英雄」とかスプレーで書かれているのを目にするではないか。


道路標識の地名はフランス語とコルシカ語の二重表記なのだが、あちこちでフランス語表記の方がこれまたスプレーで消されている。なんとも微妙な気持ちになってくる。




最低でも五世代はコルシカ人じゃないと土地を買えない・家を建てることは出来ない、フランス本土の退職者が簡単に移住することは叶わない、などのエピソードも聞いた。これも現代では本当か嘘か分からない。レンタカーは、深い緑色が続く山の中を走る。住宅の数は限られているのが分かる。


今までの旅とはちょっと違う緊張感を感じつつ、終始過ごしていたのだけど、実際には観光で触れ合う人々は皆優しく、ましてや政治の話をする必要などなかったので、無事平穏に終わった。ほっ。それでも、コルシカの人々の気分を逆撫でするような発言は控えるべきだろう。



印象的だったのは、地元のレストランやホテルを経営する人々、コルシカ人の顔立ちが、フランス本土とはまったく違ったことである。


肌の色は綺麗に日焼けして、オリーブがかっていたり、細い鼻筋が通っている。髪の毛や眉毛は濃く、真っ黒なのに、目は緑とか薄いブルーなので、コントラストが美しい。誰もがはっきりとした顔立ちで、美男美女だった。うーん、ワイルド。



子は私と夫に似て、フランスの漫画(BD、ベーデーと読む)が大好きなのだけど、その中でも代表的な「アステリックス」シリーズが大好きである。


旅行前にコルシカをテーマにした話も読んでいたから、車の窓から実際のマキ* を見て大興奮。


(*マキ(Maquis)とは、地中海性気候の島に広がる、芳香を放つ固有の低木や灌木が密生した自然豊かな叢林(そうりん)および植生のことで、島の面積の約4分の1を占めるそう。Gemini よ、立派な説明をありがとう)






文化を保存しようとすると、どうしても必然的に閉鎖的になる。これは人間社会の掟なのかもしれない。隣で夫が、「日本にも、こういう土地ってある?」と聞いてくる。


面白い質問だなと思った。普段あまり意識することがないにしても、日本はすでに島なのだから、厳密にはコルシカとはちょっと状況が異なる。では、日本の中でも離島ではこのような特性があるのかな、と想像してみたが、なかなか思いつかない。仕舞いには、私はコルシカで、京都のことを思い浮かべていた。全然離島ではないが...




私がここだけは唯一行ってみたかった — 雄大な自然美が誇るピアナのカランケ。家族でトレッキングする。一番簡単な 1 時間半のコースだったはずなのに、実際には 3 時間強かかった。おかしいな...




レストランではイノシシ肉の煮込みがよく出てくる。付け合わせがパスタなのも面白い。やはりイタリアの影響だろうか。しかし昔、まさに地中海の向かい側にあるジェノヴァから攻め入られた経緯があるらしく、昔はジェノヴァを嫌っていたという逸話付きである。


そのせいか、後日カルヴィの旧市街で入った最高にかわいいカフェで、「クリストフ・コロンブはカルヴィ生まれ」とメニューに書かれていた。(厳密には、コロンブスは世界史で習ったジェノヴァ生まれなのか、その近辺の地方出身かコルシカ島なのか、はっきり分からないらしい)



登山中、ただ子の靴がずれて、音が鳴っただけなのに、夫がすぐ側の茂みにイノシシがいるかと勘違いして、ものすごく警戒していた。確かに、どこも森深く、イノシシの親子がひょっこり出てきてもおかしくないくらいだった。日本人の私としては、突進してくるイノシシも怖いけど、それよりクマが怖いので、コルシカにクマがいないことを終始祈っていた。ワイルドなコルシカのワイルドなクマとは、最強の組み合わせじゃないか。


幸いクマはピレネー山脈にしかいないらしく、出会わなかったが、道路で突然前の車が徐行するので、何かと思ったら、すぐ横の側道に、黒い雄牛がじっと立っていたことがあった。徐行が正解だろう。



ほぼ手付かずの自然の中を歩く。きりっとした顔立ちの人々を思い浮かべる。太陽が照りつける。帽子を被っていても暑い。どんな日焼け止めも効かなくて、すでに肌は真っ黒に日焼けしている。毎年恒例、私は「トースト」になった。


南西部にある農園の中にあった牧歌的なホテルでは 4 泊したのだけど、午前中数時間の太陽だけで、手洗いした洗濯物が乾いたっけ。




一度は、南部のビーチへ行くのにも、30 分ハイキングしてからでないと辿り着けなかった。途中、冗談でなく道無き道を行くという経験をした。そこは海であったり、林であった。こんなにハードモードなビーチは行ったことがなかったため、本当に驚いた。ワイルドである。それがここ。


苦労して辿り着くと、絶景が待っていてくれた。午後はずっと海で遊んで過ごす。







南部の有名な街、ボニファシオ。あまりの人気に、駐車場がなく、車で通り過ぎることしか出来なかった。岩壁が見事で綺麗だった。またいつかリベンジしたいと思う。




コルシカはどの街も、古来要塞の意味を兼ねているのか、見事に高台の中心部に出来ている。やはり昔は侵入者を警戒したんだろうな。10 分くらい登って、やっと教会がある広場に出ると、そこは石畳で、街の中心地だ。


助手席から早々と見たボニファシオの街も綺麗だったし、なんとか歩くことができたポルトヴェッキオの街は、あちこちにレトロな魅力が残っていて、カラフルで可愛く、ロマンチックだった。


ポルトヴェッキオはかなり街らしい街だったのだが、それでも、大型チェーン店やよくある高級ブランドの店舗も見かけることなく、あくまで個人経営らしい店が連なっていたのが印象的だった。ここにもコルシカ人の精神、現れたり。





どのレストランへ行ってもメニューは郷土料理ばかりで成立していて、パリのビストロで見かけるメニューとは大違い。サラダも、肉も、しっかりとしたコルシカの味を感じる。気骨があるという感じ。


どの海も綺麗で、水はターコイズブルーだった。水面はキラキラと光っていた。




熱い日差しの中、コルシカで体験したいろいろなことを、ぼぉっとした頭で考える。私なりに登山は頑張ったし、おかげで栗ビールが旨い。



コルシカはやはり、ワイルドであった。





 
 
 

Commentaires


N e e d   a   c r e a t i v e

i d e a?

reach out

Mari Okazaki|Based in Paris & Seoul

Tel : +33 (0)6 58 49 56 39

E-mail : digitalxtradition@gmail.com

SIRET : 828 078 105 00016

© 2026 Digital x Tradition

L e t's  c h a t

Thank you !

bottom of page