- Mari Okazaki

- il y a 3 jours
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おフランスの学校は、私立か公立かにもよるけれど、大体 6 月の終わりか、7 月の第一週には終わって、長い長い夏休み、バカンスへと突入してしまう。一年のうちのでも、夏のバカンスが約二ヶ月あって、一番長いので、文字通り Grandes vacances(大きなバカンス)と呼ばれている。
バカンスに入る前、学校で子ども達による演劇の発表会があるのも恒例になってきた。去年は合唱だったのだけど、CE1(小学二年生)になった子のクラスは、今年はディズニーの「アラジン」だった。おフランスの担任の先生は、基本的には一緒に次の学年へ上がる、ということがなくて、毎年同じ学年を担当しているのだけど、去年は「美女と野獣」だったらしい。子の担任だった、まだ若い女性教師の趣味が完全に露呈している。
子はなんと、なぜか主役のアラジン役をもらってきた。厳密に言うと、まだ庶民のアラジンでなく、ジャスミンの気を惹きたいがあまり、王子様の振りをし始めるアラジンからである。
ということは、かの有名な “The Whole New World” のフランス語版 “Ce rêve bleu” を、ジャスミン役の子とデュエットするという大役まで果たさねばならなかった。これを聞いた時の私の率直な感想 — 子には到底言えない — は、「これはガチでヤバい」。
正直、 “The Whole New World” は、大人がカラオケで歌うにも難しい歌である。うちの子は、しょっちゅう飛び回り、体力だけは果てしなくあるので、運動に関しては心配していないのだが、音楽は... 音楽だけは... 超絶理系の夫(これまた超音痴)に似たのか、子の一番の才能ではないのだよ!!(※あくまでも、柔らかく表現しようとしています)
これを知った数週間前から続く、親の方の緊張感よ... 君は想像できるか。
前出の担任からは、本番の十日前に「できる範囲で、こういう衣装も各家庭で用意してくださいね」とさらりとメールが来て、私は家にあるもの+リボンなどを買って、作ろうと思っていたのに、夫が「舞台の衣装は大事だ!これは息子にとって大事な日になる!子の大事な日に、出資せずにいられるか!」などと声高に叫び、結局、クパン(韓国版Amazon)でアラビアンナイト調のコスチュームまで買った。
あざとい母としては、今年のハロウィンまで着れるように、少し大きめを購入。

当日、最前列に席を確保した私たちは、20 分近くに及んだ劇を、しかと見つめていた。
「やっぱりちゃんとした衣装買ってよかっただろ... 」と、隣で夫が得意げにしている。歌の出来は、衣装でカバーだ、とでも言いたそうである。子どもたちはみんな一生懸命で、とてもかわいい。なぜか同じような衣装を着たジャスミンプリンセスが複数人わらわらと出てきたのも、かわいかった。
しかし、私が一番驚いたのは、子どもたちの健気さではない。「フランスの子は、どうしてこんなにも音痴が多いのだろうか」であった.........
いやね、今までも、うすうすは気づいていたよ。去年の合唱でも、『うっ...?!』となるシーンが多々あった。しかし今年は演劇、コメディーミュージカルである。歌はとても大事だ。セリフに気持ちがこもってないとか、我々オーディエンスの保護者の方でなく、舞台の前の隅の方で、必死に指示を出している担任の先生だけを見つめてセリフを読んでいるとか、そういったことは、すでにディーテールと化している。どうでもいい。...「音程」と「リズム」はどこへ行った?!w
去年亡くなった、大好きだった義父が常々、生前口にしていたのを思い出す。「フランスの教育は、国語と数学にだけ重点を置いているから... 体育や音楽などの芸術点は、各家庭任せになり過ぎている」と。私はその言葉を聞く度に、まだ子が小さかったこともあって、おフランスの学校とは縁遠かったので、ピンと来ていなかったのだが、今なら分かる。『パパ、あれはそういうことだったのね.....(涙)!!』と。
確かに、今までのおフランス生活でも、「音楽一家」というのはどこか別カテゴリーで存在しているというか、一目置かれている空気はあった。そういった家庭は両親ともコンセルヴァトワール出身だったり、はたまたコンセルヴァトワールで教えていたり、そうすると自然と子どもも、放課後や土曜日は、音楽中心の教育を受けている、というシーンに出くわしたことがあった。バレエなどのダンスも同じである。
平成の日本で育った私には、ほとんどの女子がピアノ教室か書道教室に通っているのが当たり前の光景だったので(そして自分もその一人だったのだが)、「放課後に音楽を習わせるのはちょっと特別な選択肢」というフランスの事情を、肌で感じるようになった。平成の日本は、ピアノブームだったのだろうか?もちろん、フランスでも、とりわけピアニストの家庭でなくても、ピアノを習わせている家族は一定数存在しているし、柔道も人気のお稽古事だ。上の姪っ子も、バレエを続けていて、叔母としてはとても嬉しい。
脳内で、義父の言葉を噛み締めていると、目の前のアラジンがどんどん展開していく。自分たちで引っ張り出して来た魔法のカーテン、借りてきたアラビア風のランプ、青い衣装に身を包んでジーニーに扮した息子の友達... めくるめくしかけに、後ろで妖精に扮した子どもが数人、左右に揺れては歌っている... やはり、大多数のトーンがずれている。
かつて、私の母は言った。「フランスってシャンソンの国でしょ。シャンソンもぼそぼそ喋るように歌うじゃない。その影響もあるんじゃない?」。確かにね。声楽と言えば、お隣のイタリアだし、そこには、抑揚やアクセントがはっきりしている言語も関係していそうだ。
ソウルで知り合った台湾人のママ友は、ロンドンで美大へ行き、デザイナーとして働いていたので、とても綺麗なイギリス英語を話すのだけど、「フランス語はアクセントがどこか分からない、どう読めばいいのか分からない」と言って、「フラットに、書いてあるまま読めばいいんだよ、イタリア語とは違うからね」と答えたら、納得してくれたのを思い出す。
それをまるで裏付けるかのように、ほとんどのフランス人にとって、英語のアクセント (accent tonique という) がどの位置にあるか判断する・覚えるのは、ちょっと “難しいこと” になっている。
どんなに音痴でも、子どもはかわいい。必死に先生を見つめて、喋り、踊っている。子どものかわいさが、音程が外れていることなど、かき消してくれるかのようだ。
いよいよ、肝心のシーンになった。 “The Whole New World” のフランス語版 “Ce rêve bleu” 。青い夢。ドキドキして、夫とステージを見つめると、やはり懸念した通り、子の声が圧倒的に小さくて、ほとんど聞こえない。この一ヶ月、あれだけ車の中でも “Ce rêve bleu” を頻繁に流し、一緒に歌い、練習して、家でも iPhone を見つめて練習し、いやがる子をよそに、母は勝手にジャスミン役を買って出て、ノリノリで歌い、隣で夫も「いい?音を外してもいいから、大きい声で歌うんだよ?はっきりとね!」と特訓したのに、完全に吹っ飛んでいる。
隣でジャスミン役の女の子は、まるで CD から飛び出してきたかのように、音程も確かに、堂々と歌い上げていた。声量もある。私は彼女が、一瞬 Disney チャンネルから飛び出してきたのかと思った。しかも、この子の両親は韓国系・日系のアメリカ人夫婦で、ソウルでも米軍基地の中に住んでいる。フランス語は、あくまで学校で覚えた言語なのだ。子どもって、すごい。
いろいろな涙を堪えて拍手を送ると、子どもたちは皆満足げな表情で、ステージ上に並んでいる。小さな花束を持って駆け寄る親もいたり、写真を撮るのに忙しい。今年の夏は、アラジンのアルバムを何回聞いただろうか... Apple Music にあってよかった。まったく劇団四季もびっくりの、夏の始まりであった。



























