- Mari Okazaki

- 19 nov.
- 7 min de lecture

こないだ、わたくし大失敗をしました。9 月に新学期が始まって、新しく違う国からやって来た家族もいるし、親も子どもと一緒に、みんなまとめて知り合えたら... ある日、韓国人のママ友数人と、そんな話になり、気候のいい秋のうちに、ピクニックを計画することに。
ソウル在住の方はきっと同意してくれると思うんだけど、予定した 10 月上旬は、なぜか連日雨、雨、雨。おかげで延期を余儀なくされ、バカーーンス明けの 11 月上旬まで持ち越すことに。天気予報を見ると、雪マークは出てるわ(結局それは間違いだったみたいなんだけどw)、最高気温はぐっと低くなってるわで、さすがにお昼ごはんを外で食べる=ピクニックするは難しそうなので、「13 時半頃からみんな公園にコーヒーとお菓子持っておいでよ」という、ゆるい会に変更することに。ゆるい会、最高!
子のいる B 組だけでなく、せっかくなので A 組の家族も全員誘うことに。前もって軽いリマインダーも送っておいた。それなのに、当日になると急激に寒くなったからか、バカンス疲れなのか、「ごめん、子どもが風邪引いて今日来れない😭」、「昨日旅行から帰ってきて、疲れていて...」とキャンセルの連絡が、雪崩のように 5 件🤣
結局来てくれたのは、A 組で保護者代表を務めるベルギー人のパパ Y と、Y の子ども二人だけだったのである🤣
... まさかの出席率。元プロのコミュニティマネージャーとして、あるまじき企画力。(冗談です)
具合が悪いのはしょうがないので、誰のことも責める気もないけれど、HSP の私は、『(日本人の)私が企画したから...?!』とつい思ってしまう。一度延期して、やっと... だったのに、Y 以外誰も来ないし、せっかく大きいテーブルも確保したのに、その他から連絡さえなかったのは、けっこうヘコんだ。待ちながら、子も「ねぇママ、誰が来るの?!いつ来るの?!」と突っ込んでくる。うぅ、そんなのママが知りたいよ...😭
「14 時まで待って、誰も来なかったら帰ろう!寒いけど、天気もいいし。来てよかったじゃない?」と言ったのだけど、こういう時、子の前ではついポジティブに振る舞おうとしてしまう。本当は傷ついているのに。しかしふと思い出したのだ。私が子どもの頃、悲しいことがあった時。母は同調して、真っ先に励ましてくれた、いつも明るく振舞っていたなと。

母だって傷ついて、塞ぎ込むことがあったはずなのに、不思議と母は、いつも明るかった。フルタイムで働いて、しかも仕事が激務だったので、時々疲れて、ソファで寝落ちしているのは見かけたけれど、悲しくて落ち込むとか、感情的になるということはなかったので、これは母本来の性格なのか、「母だからそうしていた」のか、疑問に思った。そしてその明るさに、助けられて、30 年くらい経った今も、その明るさをふと思い出す。私も子に、同じことをしてあげたいと思う。泣くのは一人で、後でいい。
私は元来暗い性格で、一人でじっと何か書いて(描いて)遊んでいたりとか、典型的な隠キャだったのだよ...(今も大して変わっていない気がするが😂)これが変わったのは、関西に引っ越してからなのか、はたまたフランスに留学した頃からなのか。根は陰湿で、ネガティブになりやすい。自分でも困るくらい傷つきやすく、夫には時々吐き出して、(無理やり)聞いてもらったりするけれど、やはり「母」をやるようになってから、この 7 年くらい、自分がポジティブに転化していることに気づいた。突然の陽キャ化?!
ポジティブ寄りになったのはいいことだけれど、toxic positive になるのはよろしくないと思っていて、きちんと現実を見れる人でありたいと思っている。
子に対してお手本でいたいなどと、大それたことはあまり考えていないのだけど(意識低いので...)、やっぱり何事にもポジティブで、強い姿を見せたい、子にもそうなって欲しいと思う。私の母も、そう思っていたのだろうか?
また、私の母と違って、私自身はお菓子作りが壊滅的に下手だったり(笑)、自分が "いい母親" をやれているとは決して思えないのだけど、それでもなんとか、自分が受け取った愛情の倍以上は子にもあげたい、小さいうちだけでも... と思う。7 歳で、見た目は大きくなっても、中身はまだ赤ちゃんのようだし。そのうち面倒くさがって、「ぎゅう」もしてくれなくなるかもしれない。
私はきちんといい母をやれているだろうか?子に聞いてみたら、「そう?ぼくにとってはいいママだよ?」と日本語で言ってくれた😭 お菓子を作って帰宅を待っているような母でなくてごめん...(あ、今回の投稿は決してママハラではありません)

母親業を通して、ポジティブさは手に入れたかもしれないが、反対に無くしたものは、アーティスト性だ。「自我(エゴ)」とも言えるかもしれない。私は一体何が表現したかったのか、すっかり分からなくなってしまった。
私に体力がなく、また不器用なせいで、なぜかこの二つの両立がとても難しい。夏に、ボルドー近郊の美しい田舎に引っ越した義姉の家に初めて行って、一週間過ごしたのだけど、「マリ、最近カリグラフィーはやってる?」と聞かれて、一瞬戸惑った。しかし、天井が高くて、広い、朝の優しい光がたっぷり入るリビングの開放感のせいか、つい正直に話してしまった。
哲学教師をやっている義姉に、嘘はつけない。いつも、すべて見抜かれているような気がするから。
話を終えると、幸い、否定も、責めることもせず、義姉はこう言った。「そういう時期って、聞いてると、すべてのアーティストにあるみたいね。特に女性アーティストには。男の画家の方が圧倒的に多い理由、なぜだか分かる?誰が洗濯して、料理してたのかって話よ」。
義姉は、少し前に、長年のパートナーで、二人の子の父親でもあるミュージシャンの男性と別れたばかり。「XX もそうだったわ、特に冬になると、『インスピレーションが湧かない』って言って、困ってた。その間、誰が子どもたちの世話と、家のことをしてたと思う?」
まさか性別のせいだとは考えたことがなかったので驚いたが、義姉の言うことには一理あった。昔見たフランソワーズ・サガンの映画で、お手伝いの女性が一緒に住んでいたシーンを思い出す。では、カミーユ・クローデルは?どうしていたのだろうか。

お姉ちゃんの本棚に飾ってあった額... ここで買えるらしい。
アーティストの、製作スイッチが入る時。インスピレーションが降ってきた時。家の中は散らかっていたのか、それとも整然としていたのか。製作が、芸術が大事で、片付けは後回しでよかったのかもしれない。かの北斎なんかは、掃除が出来ず、家の中が常時大変なことになっていたので、なんと引っ越しをしてその都度凌いでいたらしいことが分かっている。北斎には確か、その血を受け継いだ娘がいたはずだが、もしや娘も製作に没頭するような、同じタイプだったのだろうか。それはとても幸せなことであるし、やはり私には、まだまだ修行が足りないという気がする。
お菓子は作れないにしても、出来る範囲でいい「母親業」をしたい。仮面だけでも被りたい。こんなところで私の真面目さが顔を出す。私は本当は夜型だけど、子がいるおかげでなんとか毎日 7 時には起きて 23 時半までには寝るような、真っ当な生活を送れている。けれど、また時間にとらわれることなく、リビングで夜通し製作に没頭するような、そんな特別で、幸福な時間に巡り逢いたいとも思ってしまう。永遠の憧れ。
女性で、アーティストであるからと言って、「母」でない人がいるわけでもないし、両立出来ている人はごまんと居る。女性だけが家事をするべきではないし、女性だけが特に家事に優れているわけでもない。けれど、女性の方が、なぜか社会に求められる役割が多くて、いろんな顔を演じ分けなければならないような、不公平さがあるのも事実だ。(そいや夏に読んだ本では、「分人主義」という新しい考え方を知って、すごく心が楽になったっけ)

先生が昔言っていた —「母親になるとね、自分を犠牲にすることを学ぶからね」。母が、いつもケーキやフルーツなどの美味しいもののひとかけらを決まって私に譲ってくれたような、そんな自分を犠牲にする心が、私の中に出来上がっているとは... 到底思えない。
いろいろな仮面と人格を駆使して、どのバランスがベストなのか、まだまだ手探りが続く。






















