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KOMIDASHI WO TSUKERO

ニュースや日頃考えていることなど

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  • Photo du rédacteur: Mari Okazaki
    Mari Okazaki
  • 30 oct. 2021
  • 10 min de lecture

Dernière mise à jour : 6 janv. 2022




早いもので、フランスに帰ってきてから半年が経った。約 2 年もの間会えなかった家族、友達に再会できたのは素晴らしく、パリは相変わらず汚くも美しく(笑)、楽しいこと、いいこともいっぱいあるのだけど、誰にも気を遣わないでいいとしたら、これだけは言わせてくれ...。


正直、トラブルだらけで、フランス生活に再度適応するのが大変だぜ!私も夫も😂



夫は昔、日本に対してこのようなことを言っていた。「日本はちょっと、、なんか完璧過ぎて。フランスに比べてカオス度が足りない」。それが、2 年東京に住んだらどれだけ自分の国がちょっとカオティックがやっと分かったらしく、顔面蒼白しながら時々「ここは本当の国じゃない....... なんて国だ!終わってる!問題の方が多い!!」などと叫ぶようになったので、横で見ていて本当に面白い。やっと気づいたの?と。ここ、あなたの生まれ育った国ですけど...。カオス度が足りないって、昔言ってなかったか?と。



例えば、家から歩いて駅に行き、電車に乗ってパリへ行くだけの道中でも、最低 5 つはイラっとすることがある(笑)。きちんとマスクを付けない人々を目撃する(鼻まで隠してくれやー)、だらしのない格好でこちらを睨みつけてくる人に出くわす、割と混んだ車内で、通路に立ちはだかり通してくれない人にぶち当たる、ただ歩いて乗り換えに行きたいだけなのに、ぶつかってくる人・からんでくる人、歩きスマホに夢中で、自分の背後がどれだけ詰まっているか気にも留めない人、などなど.....。言い出すとキリがない!!



夫はこうも言っていた。「東京では、電車に乗ってぼーっとポッドキャストでも聞いていれば、必ず目的地に着いたからよかったなぁ」と。最初これを聞いた時は「何言ってんの、この人w」と思ったものだが、今ではその理由がよく分かる。フランスでは、駅に行くと時々全然電車がないか、それもなんでないのか理由さえ誰も分かっていないことがザラにある。そして目的地までの道、通るエスカレーターの 1 つは必ず壊れているし😂、なんなら次の日もまだ壊れているし、駅の案内掲示板が全部ついて、機能していることも稀だ。目的地まで辿り着くのが、こんなにも難しいこととは...😂



しかし、これだけ問題が多いと、不思議と他者に寛容になれるもので、多少の遅刻は許し、許されたりと、他人の落ち度に怒らない、大きな気持ちになれる、と言うこともできる。ポジティブ、ポジティブ。



あと、現在進行中の問題としてはですね。5 月に自宅へ戻って、また住み始めてからというもの、子ども部屋の壁が青ずみ、なんかおかしかった。完全に嫌な予感しかしない。この壁の向こうは外と、隣の家のキッチンがあるはず。キッチン=水回りである。まさか... そう思って、取り急ぎ建物の管理組合やら保険会社に連絡してみると、保険会社から派遣された調査員のおじさんは、アパートの屋根まで登り、原因を突き止めてくれた。それは...



私たちの子ども部屋がある外壁の位置に、ちょうど雨水を排水する受け皿のようなパーツが付いているらしいのだけど、そこを屋根から見ると、なぜか中が詰まっていて、横へ走るパイプへきちんと排水がされず、溜まった雨水や水分が、中の壁をつたって入り、内側からカビが発生している、ということだった。簡単に書いただけでもどれだけタチの悪く、最悪な問題かお分かりいただけるだろうか。どおりで被害に遭っているのがうちの壁だけだったはずである(隣と真上の部屋を見せてもらいに行った)。しかも、春先はけっこうな大雨が降る嵐が何度かあったりしたので、その度に水分は、壁の中へと入っていったのである...



まぁ最初にこの異常な状態に気づいてから、さすがにこの空間の中で大事な子を寝かせるわけにいかなかったので、速攻私たちの部屋に子のベッドを動かし、対応していたのだけど、そうこうしていたら保険会社が「まずは壁を乾かさないと、ペンキも塗れません」と教えてくれて、なんと我が家には、壁を乾かし、湿気を吸い込むための、巨大乾燥機が送られてきた。



これは、大きくて四角い機械で、幸い、音はそんなにうるさくはないのだけど、四六時中付けっ放しにして湿度を吸い込むため、この間の電気代は保険会社がちゃんと返金してくれるそうである。ほっ。そして時々、中のタンクを抜いて、吸い込まれた水分を捨てて、再度設置し、稼働させておかなくてはならない。その作業を始めて、早数ヶ月... 途中何度も、経過確認のため調査員のおじさんが見に来てくれているのだけど(昨日もいきなりやって来た。訳が分からない)、毎回、「うーん、まだまだだね、あと 25 パーセント」と、終わりの見えない状態である。しかも、巨大乾燥機はエレベーターに入らなかったので、男性二人で階段を通ってここ 4 階まで運んできてくれたそうである。若干共用部分というセンシティブな部分、階段周りの壁に、無理やり押し込んだのだろう、傷がついているけど。。まぁいい。下で受け取って、「あとは自分でお願いします☆」と言われなかっただけ、有難いのだから。



というわけで、もう何ヶ月も、部屋が 1,5 個足りない状態で生活しているので、大人はリビングのソファベッドで寝ているし、そのすぐ横に子どものベッドも持ってきているしで、まったく美しくない、片付いていない!簡単にいうとかなりディザスターな状態で生活しているので、マインドにもよろしくない。ということで、ほとほと疲れているのが現在。


ペンキを塗れる日は一体いつ...... 年内に来るのか。秋冬は雨も多いし、なんだか一生終わらないような気になってくる。辛い。よく家のリフォームや工事をする友達が、「家の中がめちゃめちゃ... 業者が入ってくるから防犯にも気を使わないといけないし、大変!」と言っていたのはこういうことだったのかと... 今になってよく分かった。




フランスで心穏やかに暮らすのは、なんと難しい... と思っていたら、それはまだまだ終わりじゃあなかった。斜め上を行く新たな問題が発覚したのである。それはおとといのこと。


その日は、火曜日の午前、お昼前。私は書の仕事を頼まれていたので、カーヴに片付けておいたかな用の硯と、文鎮を取りに行こうとした。いっぱい持っているので。

ちなみにフランスに帰ってきてから、カーヴに行くのはもう数回目である。



『こないだ確か、書道用品はここにまとめて片付けておいたはず...』そう思って棚を見ると、棚の上に無造作に文鎮が置かれ、墨汁が入った大型ボトルは逆さまの状態で投げ出されているわ、入れておいたはずの袋さえなくなっていた。



これはおかしい。墨汁のボトルを逆さまにして置いておくなんて、私では絶対にしない。夫は最近カーヴには来ていない。ふと、視線のすぐ左側にある、以前プレゼントでもらったボルドーワインを数本入れておいた箱、それもいざという時のために警戒して、カタカナで「ワイン」と書いておいた箱に手を伸ばすと... 綺麗さっぱり、中身がなくなっていた。やはり、である。



3 週間前に来た時は『これワイン入ってるから危ないな』と思い、『でも他に置くとこないし、どうせカーヴ来るの私だけだから、このままでいっか☆』と思った記憶があるので、なくなるはずがない。だけど、なくなっている。ご丁寧に箱は上下逆にひっくり返されてもいた。



しばらく「誰かが盗んだらしい」という事実に脳内処理が追いつかず、頭が真っ白になったけど、状況が理解できてからというもの、恐怖と怒りでいてもたってもいられなくなった。速攻オフィスにいる夫に電話するも、カーヴの入り口の南京錠が壊されていなかったので、「どうやって入ったの?本当にワインなんかあった?」とか言って、まともに信じてくれなかったので、そこでまた怒り急増。


「3 週間前はあったの!私、中確認してたの!それがもうないの!モノプリの袋もないの!それに入れて運んだんだと思う!」


散々言うと、「ワインなんかどうでもいいよ、どうせ警察に言ってもろくに取り合ってくれないんだから、時間をロスするなよ。頼むから被害届出したりしないでくれ」と、忙しいフリーランスである私のことを気遣ってくれたのだろうか、でもこちらは然るべきところへ届け出ないと、収まるものも収まらない。



ものすごく面倒くさかったけど、すぐに保険会社へ電話し、事情を説明し、書類を作ってもらった。新しく買う南京錠は、なんと保険でカバーしてくれるそう。概算でいいので、盗られたものの総額を出してと言われた。



そして警察の方は、なんとネットで "被害届(前段階)" なるものを出せるようになっていて、ちょっと感動したね。フランスも私がいない間に進んだじゃないかと。しかし今時珍しいレイアウトのダサいフォームだったので、やっぱり昔からあったのかもしれないし、全然連絡はくれないしで、何の捜査もされなさそうな予感。



まぁいい。しかし納得がいかないのは、南京錠が壊されていないのに、どうやって中へ入ったのか?である。忍者なのか。



私たちは全体で 20 戸くらいの小規模アパートに住んでいるので、大体の人を知っているし、昔は毎年 6 月にご近所パーティーをしたこともあったので、顔見知りなのだけど、そのため、何かあると注意喚起のために、下のホールの壁へ、貼り紙を出す習慣がある。私も早速書いて、プリントアウトして(プリンター持っててよかった!)、貼り出した。



今朝になって、管理組合の責任者であるムッシュがやって来た。「貼り紙見ましたよ。それで今カーヴを見に行ったんですけど、どうして入られたのか分かったので、今ちょっと一緒に見に来てくれませんか、すぐ終わります」と言うではないか。私は緊急に飛び込んできた日本との仕事を終わらせて、パリへ出かける用事があったのだけど、こちらも大事なので一緒に行ってみることにした。このムッシュは長年このアパートに住んでるだけあって、どこが誰のカーヴなのかさえ、熟知していた。



私たちの家のカーヴまで来ると、「ほら見て」と。もう唖然とするしかなかった... だって鍵、もげてるんだもん!!😂






(ちなみにこの写真は、興奮状態の私が夫へ送りつけるため薄暗いカーヴの中でフォーカスや構図などを一切考えずに撮り、それを見かねたお父様が加工して明るくしてくれたものですw)



南京錠の意味なし!壁のセメントからもげとる😂



というわけで、鍵がこんな状態なら子どもでも押せば入れるよ。ということで、華麗に原因が判明したのであった... ちなみに現在、カーヴ床をいよいよ土壁からセメントにすべく、業者が通っています。なのでありとあらゆる通路のドアが、日中開きっぱなしだった☆




どうせいつ飲むかも分からない、しかもよろしくない縦置きにしたままのワインたちだったので、まぁいい。数年前、ボルドーへ移住した義姉がくれたもので、この辺では買えないローカルワインだったのが痛いが... それより痛いのは、なぜかなくなっている私の書道用の、下敷き(それも大判)である。これは、6 月にイベントでの仕事を頼まれて、片付けをした時、小さなスーツケースに入れておいたのだけど、このスーツケースがどうしても見つからないのだ。



思うに、おそらく数回に分けて盗まれたと思う。泥棒もまさか書道用の下敷きが欲しかったとは思えないけど(いや、欲しかったのかな?笑)。あれは以前、先生に譲ってもらったいい毛氈の下敷きなので、なくなるとマジで痛い。買うと高いのだよ。しかも全紙サイズ... フランスでは買えん!モンマルトルの布市場で売ってるウール生地とも違うのだ!どうしてくれる!その辺に捨てるんだったら返してくれ、マジで!



という感じで、フランスで心穏やかに暮らすのはなんと難しい... (二回目)。はやくも決意が揺らぎそうである。東京はよかった...。一度なんか、日曜日にトイレから水漏れがしたのだけど、管理会社に電話すると、オペレーターの女性がきちんと電話に出てくれるし(フランスはまずそこから怪しい)、1 時間後には修理する方が来てくれ、支払うものは何もなかった。しかも、聞くとなんとその方も小さい子がいるパパというではないか。家族で過ごすべき日、日曜日にですよ。これを聞いて私はかなり心が痛く、申し訳なくなってしまい、『何か、、、!!何かプラスのお礼を!!』と、しかし家には缶コーラしかなく、「本当にこんなものですみません...!」と言って丁重にお渡ししたのを覚えている。



日曜日に赤の他人の家のトイレを速攻直しに来てくれて、それも料金が発生しないとは、これはどんなフランス人にとっても、まず衝撃的だろう。夫もかなり感動していた。




まったくまりちゃんたらネガティブなことばかり書いてー、と感じられたら申し訳ない。私たちなりに、一生懸命適応しようとしているのだけど、こうもトラブル続きなので参っている😂 次は一体何が起こるのだろうか。もうコンテンツとして楽しむしかない(嫌だ)。秋になってから子は、同じクラスのジェームスくんに顔を引っかかれてライオンキングみたいになったり、はたまた喘息が発覚したりと、不安なことだらけだけど、楽しく幼稚園へ通っているし、たくましく暮らしていくしかない。



あっ、今日も全然小見出しが付けられなかった.....


 
 
 
  • Photo du rédacteur: Mari Okazaki
    Mari Okazaki
  • 11 août 2021
  • 8 min de lecture

Dernière mise à jour : 30 oct. 2021



多分、世界中の子を持つ親が思ってると思うけど、夏「休み」とは名ばかりの、魔の 8 月に突入して 10 日が経った。しかし、まだたった 10 日。1/3 しか経っていないのである。


まぁ、こうなることは分かっていた...。夫が 7 月に転職したので、フランスはバカンスの国で有名だけれど、初年度からいきなりバカンスは付いてこないので、夏の間も働きづめ。こういうご時世だっていうのに、毎日オフィスへ出社して、その上何ならほぼ毎週 1 回地方出張があるレベルで忙しくしている。私、絶句。


私はと言うと、タイミングよく、少し仕事が減ったので、1 日の半分くらいは子と過ごすようにしているが、それでも時々ミーティングが入ったりする。(あと新しいクライアント様も継続して探しております!!)


そして 5 月からお世話になっていたシッターさんとは、7 月末でお別れ。彼女も故郷のモロッコへ颯爽と旅立って行ってしまい、どっちにしろ 9 月になったら子は徒歩 3 分の幼稚園へ通うので、みんなハッピーに契約終了だった。9 月よ、早く来て!!


東京の保育園は 8 月も毎日預けられたからよかったなぁ、今思うとあれはちょっとした奇跡だったのでは... と、またも日本が恋しくなる始末。9 月よ、早く来て!!



なので、8 月 1 日に、同じパリ郊外にある夫の実家へ来た。そこから秋の新学期まで、実に 32 日間、ここで義理の両親と一緒に暮らす予定だったのだが、優しい義両親なので、疲れていると絶対に口にしない!


だけど、疲れが来ているのは一目瞭然で、私も家事を手伝ったり、子と過ごしたりするけれど、このままではヤバい。夫は家からなら近いけど、ここからは片道 1 時間強かかる場所へ通勤しているので、こちらもまた毎日疲労困憊になって帰宅してくるのが、冗談でなく夜の 8 時。夫が家を出るのが朝の 8 時。その間、文字通り 12 時間、私と義両親の 3 人で子の相手をするという... コロナがなければ速攻日本の両親を呼び寄せるか、日本へまた帰っていたであろう...。



義両親のおかげでヘッドカウントが増えたのは素晴らしく、大変助かっているのだが、それでも疲れるところを知らないのが我が子の体力で、なぜにこんなへにゃへにゃな私の子が、こんなにも体力に溢れ、疲れることがないのか... 誰か一体教えてー(涙)。



義両親の家は、パリの南の方にあるのだけど、自宅よりもかなりのんびりとしたエリアで、家のすぐ近くにちょっとした林を切り開いて出来た公園がある。そこか、少し離れた池の近くか、隣町の公園に行くこと多数。子は今年 3 才になったおかげで、公園で激しく一緒に遊ばなくても見守ればよくなってきたので、だいぶ楽になった。



コロナのせいでお砂場が減らされたけど、その代わり、木くずで埋めてあったりする。この時期の公園は、いつもと違って人が少ない。時々やはり、持て余した子どもを連れて、遊びに来ているような家族を見かける。私たちのような事情で、バカンスに行きそびれたのだろうか、それともこれから出発なのだろうか。同い年くらいの子どもが集まると、子はそっと近寄り、自然と遊び出すから、子どものコミュニケーション能力は素晴らしい。



おもちゃを貸し合ったり、貸すのをいやがって揉めたり。まだ少し難しい遊具はそおっと、慎重に進んだりと、人生で大事なことはすべて公園で学ぶよなぁと、そういう姿を見守る時、いつも私は思う。子ども同士でも、公園にはちょっとした社会が存在していて、そんな子どもの社会を少し遠くから傍観していると、面白いことがたくさんある。大人として、時には近づいて、小競り合いの仲介役になったりする。子がおもちゃで誰かを叩くことがないよう、しっかり言いつけると、また少し離れたベンチに戻る。そしてまた見守る。「この子知ってる、知らない」は関係なくて、どんな肌の色だとかも関係ない。子どもは子ども同士、どんな子でも先入観なく遊ぶ。年齢だって関係なさそうだ。なのに、どうしてある程度大きくなると、いわゆるバイアスが生まれてしまうのだろう?残念なことだ。



いろいろあるフランス生活だけど、フランスのいいところ、そのうちの一つは、「いろんな人が住んでること」である。


公園にいても、外国人なのは私だけではない。スペイン語が聞こえてきたり、中国人のママだったり。みんな必死に子育てしている、同じ母親だ。一人じゃない。有難い。あとこれはマルシェで話しかけられたのだけど、ぱっと見フランス人に見える人でも、話してみると「私、カザフスタン出身なの」ってことがあった。



義両親の住んでいるエリアは、一見するとすごくホワイトな感じがするので、私が歩いているとちょっと視線を感じるような(ただの自意識過剰なだけであるが)、そういうふしもあるけれど、駅まで近づけば、アフリカ系、アラブ系、アジア系... 実にいろいろなカラーの人々がいて、すれ違い、私もその一員に過ぎない。そしてみんな、フランス語という共通言語を解し、同じ文化をシェアしている。多様性に富んでいるというのはそれだけ日々のマネージメントでは困難も多いけれど、いろんな人がいる、そしてそのいろんな人々はある時点でフランスという国を目指し、やって来て、根付き、暮らしていて、また新しい文化が生まれていく。そのサイクルと土壌が好きだ。


「フランス語を話せば君もフランス人」。それは自分たちが楽だからなのだけど、そんなちょっと身勝手なフランス人のロジックが好きだ。





さて、私はそもそも 2011 年の夏に長期出張として 3 ヶ月滞在して、一時帰国すると、年明けの 2012 年に、今はもうない「同一企業内ビザ」という、いわゆる「転勤ビザ」で来た。


それから 2 年間働くと、事情によりそれは更新せず、夫と PACS と呼ばれる事実婚をしたので、2015 年に「家族ビザ」へ切り替えて、その後パリ市内から郊外への引っ越しも挟み、何度か更新をして、 2019 年に東京へ引っ越すまで暮らしていた。しかし、そのビザが日本へ行っている間(というのも変だなw)、2020 年の 5 月に失効してしまった。


日本に住んでいたので当然更新することも出来ず、今年フランスへ戻ってきた際は、事前に広尾のフランス大使館で長期ビザを申請しておいて、入国、現在に至る。ということで今回は、初めてフランスに暮らす人の体で、手続きしなければならないのである。学生の頃も含めて、もう合計 10 年近くフランスで暮らしているのに(笑)!


とは言っても、一度切れてしまったものは仕方ない。噂によると、そもそも前回の時点で 10 年カードが申請できたからしてればよかったのに論や、十分フランスで暮らしたのでその年月が溜まっており、次回更新からは自動的に 10 年カードがもらえたはずだ論など、悔しいことばかりだけど、今回のビザでは、いわゆる「フランス社会へ統合するための研修」に参加しないといけなくなった!ついに、である。(前は、転勤ビザホルダーには義務じゃなかったので、受けたことがなかったの🙈)



有難いことに、健康診断付きである。私は 2018 年にフランスで子を産んでいるのと、その後東京で夫と日本式結婚をしたので滞在許可証が降りるのは間違いないけど、コロナのせいでただでさえ普段から仕事の遅い県庁は、なんと今、9 ヶ月もの遅れが発生しているそうで、私が滞在許可証をもらえるのはいつになるのやら... しかしちゃんと研修への招集メールは来たので、出かけてくる。えぇっと、「自由、平等、博愛」... いろいろ答えられるようにしておかなくっちゃ。



余談だけど、私はなぜかパリで、ブラジル人やロシア人の友達が多くって、そういう、二重国籍を認めている国出身の子たちは、ある時点でぱっとフランス国籍を取得してしまうから、日本出身の私は羨ましいことこの上ない。早く日本が二重国籍を認めてくれればいいのだが...


二重国籍を認めない国籍法は「合憲」 東京地裁が初判断(リンク
外国籍を取得すると日本国籍を失う国籍法の規定は憲法違反だとして、海外在住の8人が日本国籍を維持していることの確認などを国に求めた訴訟で、東京地裁(森英明裁判長)は21日、合憲と判断して訴えを退ける判決を言い渡した。この規定をめぐる憲法判断は初めてとみられる......



韓国系アメリカ人の友人は、滞在許可証の更新手続きをしていたら、なぜか「フランス国籍の方が簡単に取れますよ」と言われて、マニアックなフランス史までハマって勉強した後、本当にフランスのパスポートが取れてしまった(笑)。本人も"It doesn't make any sense but it's okay.." と言っていたので面白い。


ブラジル出身の友達(エンジニアで舞台俳優)は、フランスに対する知識チェックのテストで、「歴代の王は?」とか、「フランスに帰化した著名人を答えなさい」と言われて、「クロヴィス」とか「マニュエル・ヴァルス」という洒落た回答をして、面接官をうならせたそうだ。なんて格好いい!!聞かれたら、私も真似しよーっと😏



「統合研修」でここまで聞かれることはないだろうけど、多重結婚をしてないかとか、そういったフランス共和国が許すまじとしていることは確認されるはず。してないよw


日本が二重国籍を認めるのが先か、それとも自分が決断するのが先になるのか、まだ全然分からない。子はフランスで生まれたから両方パスポート持ってていいよなぁと、自分の子なのに羨ましくなる。いつか国境のない日々が来るだろうか、そんなことをぼんやりと考えたりする。今日も、公園のベンチで。





あ、今日も小見出しが付けられなかった...






 
 
 
  • Photo du rédacteur: Mari Okazaki
    Mari Okazaki
  • 16 mai 2021
  • 7 min de lecture

Dernière mise à jour : 16 mai 2021



そんなこんなで、無事フランスに帰ってきて 2 週間が経った。簡単に言って疲れた!東京のマンションを退去すると、すぐに保育園に直行して子をピックアップ、そのままタクシーで羽田へ。羽田のホテルに泊まる。と、翌朝フランスへ(その間スーツケース計 7 個にベビーカーだぜ)という、大荷物の強行スケジュールでした。すっごく疲れたけど、元気です。



私たち家族は 4 月の終わりに日本を発ったのだけど、その時点で日本からフランスへ行くには、①出国前 72 時間以内に行った PCR 検査の陰性証明書(英語)と、②フランス入国とその後に関する宣言書の記入が必要です。後者は、出発前、日本の空港内の航空会社カウンターでも提示を求められます。


こちらのページから仏語版と英語版をそれぞれダウンロードすることができます。「日本から」を選ぶタブが見づらいと思うので、気をつけましょう。(私はあやうく見過ごすところだった)



ちなみに PCR 検査は自費で受けなければならず、なんと驚愕の 38,500 円もかかった。さんまんはっせんごひゃくえん。太字にしたいくらい。3 月に一度、子が高熱を出したので、病院で一度 PCR 検査を受けて、その後お母さんも念のため、、、と、いつものかかりつけ医の奨めで受けたことがあって、その時は無料だったのに!海外へ出国する際はこの金額である。気をつけようもない。なのでクリニックへは覚悟して行かれることをおすすめする。。(夫の同僚の話によると、羽田空港内のクリニックではもっと安価に受けられるそうなのだが、未確認。)



機内も全部で 30 人くらいしか乗っていなかった。約 12 時間の、久しぶりに長い長いフライトを過ごした後、空港にほとんど人がいないのと、日本からの入国だったので、フランスの税関でも 1 分も待たず、とてもスムースだった。この時にもまた、前述の宣言書を提示しないといけない。それには、あくまでも「任意」だが、到着後 7 日間の自粛生活を行うことと、7 日が済んだ後、PCR 検査を再度受けて、陰性であることを確認することが求められている。




私たちは到着後、すぐにパリ郊外にある夫の実家へと向かって、そこでそのまま 9 日間程過ごした。幸い、私たちが帰国する前に、義理の両親はワクチンの第一回目を打ち終わっていたので、少し気持ちが軽かったのでありがたい。


心配したのだけれど、結局誰からもちゃんと私たち家族が隔離生活を送っているか、家にいるのか、検査の電話はかかって来なかった。ほ。



義理の両親の自宅は、近代的なレジデンスの地階にあって、テラスと斜面になった庭がある。そのおかげで謹慎中、公園へは出かけられなくとも、子はテラスでボール遊びをしたり、お花に水をやったりと、親も子もストレスなく過ごすことができた。感謝!!



日本から帰ってきた私たちを受け入れてくれて、子とも遊んでくれ、フランス語の童謡をステレオで聞いたり、おもちゃで遊んだり、食事も用意してくれ、私はすっかり甘えまくってしまい、義両親には本当に感謝している。(余談だけど、義母はイタリア生まれなので、料理はいつもどこかイタリア風とフランスの家庭料理のフュージョンという感じで、美味しい〜!)



東京では鼻腔か唾液か選べたが、フランスでは選べず、一択のみ!上を向くと両鼻に見事ぷっさされて苦痛の 10 秒間を終えると、当日夕方にメールで陰性の連絡が来て、無事に自粛生活が終了した。



人との会話や飛沫感染を避けるために、コロナ対策で設置されたのだろうか、ラボでは住所等を入力するマシーンが 2 台も導入されていた。私たちがいなかった間に、フランスも(少し)進んだようである。義父も、「日曜日でも買い出しに行けるよ。フランスも進化!」と明るく言っていたし。(可愛かった)



それからは、同じ県のまた別の街にある自分たちの家へと戻る。しかし、義理の両親の家の中、ガレージ、カーヴに入れさせてもらっていた荷物や家具を運び入れるのに、ざっと往復 2 回。久しぶりの運転と引っ越し作業で夫は疲労困憊。それから自分たちの家のカーヴからもごそごそと運び出したり、前回の引っ越し後にしまっていた段ボールなど、華麗にえいや!と捨てて、フルでいっぱいだったカーヴに、またスペースが誕生。1 時間精力的に作業したので、夫にも褒めてもらえた。やった。



カーヴというのは、アパルトマンの地下にある、ちょっと牢獄みたいな地下倉庫で、ワインを寝かせておく人もいれば、大抵の家庭は物入れとしてフル活用している。賃貸でアパートに住む場合はカーヴまで貸してくれることは少ないと思うのだが(大家さんの荷物でいっぱいなためw)、いざ持ち主になって、カーヴがあると、パリのみんなが憧れるような古い可愛いタイプのアパルトマンの中には収納がてんでないので、カーヴがあるとそれはもう大変助かります。うちも典型的に、その例に...。



今のカーヴは入り口からもほど近く、少し湿ってはいるが明るく、気持ちのよいカーヴだ。本当は写真を撮ってお見せしたいところだけど、万が一何かが映ったら怖いのでやめておく。日が差している間は「えいや!」と勇気を出せば一人でも行ける、気持ちのよいカーヴ(と自己暗示をかけている)だけど、やはり夜 11 時なんかには間違っても行きたくない。日中でもやっぱりちょっと怖いので、iPhone で某 BTS を大音量で流しながら作業したのは秘密である。



ちなみに、数年前、同じアパルトマンに暮らすシュミットさんという、ワイン愛好家の方のワインコレクションがすべて盗まれるという衝撃事件が発生した。やはり気をつけておかないと、フランスはとってもワイルドな国である。しかも怖いのは、おそらく内部犯でしかありえないということだ。悲しい。




家が整ったら、次の日曜日にはすぐに、同じくパリに住む妹に会いに行った。妹にも、しばらく会っていなかった。過去 2 年程、妹家族は今話題の武漢に住んでいたのだけど、2020 年の 1 月にコロナの脅威が増すと、旧正月で出かけていたバカンス先のベトナムから着の身着のまま、韓国経由のパリ行きフライトを会社が手配してくれ、真冬のパリへと辿り着き、そこからパリ市内のアパートホテルや、またはノルマンディーの海辺の町や義両親の家を転々とし -- それも子ども二人を連れて -- 加えて、共働きの、絶賛リモートワーク。凄過ぎ...。簡単に言って、私よりも 100 倍しっかりしている、頼もしい妹です。


会えなかった間に、姪っ子もすっかり大きくなっていたので、時の流れを実感。子と 3 人で仲良く遊んでくれたので、大人はランチに専念できて大助かりだった。私は義弟と牡蠣 12 個食す。いえい。


子はお姉さん二人と一緒に、少し離れたところにある子ども部屋で、プラスチックビーズのアクセサリー作りに熱中していた。それから、おもちゃのアイスクリームをせっせと作っては、大人のテーブルまで持ってきてくれる。私もいろいろもらう。かわいい。



ある時に、妹が爆笑して戻ってきたので、何事かと思うと、



「ヨーちゃん(私の子)が、濃いピンク色のアイスクリームを作って、『はい』って渡してくれたんだけど、普通フランスの子は『フランボワーズ(ラズベリー)味だよ』って言うのに、『梅干し味のアイスだよ』って!!かわいいい!!」... 爆笑の理由も納得だった。



子は和よりも洋が強い顔立ちなのだけど、子は二年間、東京の保育園でしっかり育った結果、日本語ペラペラ、そして納豆、焼き魚が大好きになった。素晴らしい。まぁ誰しも、見た目やバイアスで判断するのはよろしくないが、そんな子のギャップが私は大好きで、誇らしいのだけど、梅干し味のアイス発言には驚いた。そーだよね、この濃いピンクは、日本人には梅干し味だよね。うんうん。



早速家族の LINE で、日本にいる両親に報告。「ヨーちゃん、いつまでも日本語忘れないで、いつまでも梅干しヨヨでいて」と、初の日本語ネイティブ(今のところ)の孫が登場したので、両親は嬉しくてしょうがない様子。しかも、待望の男の子だったしね。



ということで、このままフランスに暮らせば、すでにすごい勢いで上達したけど、きっと子は、どんどんフランス語が上手になり、そのうち学校に通えば日本語はどこか隅に追いやられてしまう日が来るだろう。いくら家の中では、いつも日本語で話そうねと約束していても。



それは、仕方のないことなので、私は子を責めるつもりはない。そもそも日本語という言語が、一体どのレベルまでマスターするか、会話だけでいいのか、読み書きは一体どこまで?じゃあ漢字は?という果てしない世界なので、まだ何も決められていないのだけど、「いーい?ママとはいつも、日本語で話そうね、ヨーちゃん」「いいよお!」と即答してくれたのを、私は一生忘れないであろう。かわいい記憶として、いつもしっかり抱きしめていたい。



いつか、濃いピンク色のアイスクリームを見て、自然と「フランボワーズ味だ」と言うようになる。梅干しのことは忘れてしまうだろう。少しさみしいかもしれないけど、それはヨーちゃんの成長の証であって、心から喜んであげたいと思う。

 
 
 

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