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12 月の日曜日の夜に決めた 2 つのこと

  • Photo du rédacteur: Mari Okazaki
    Mari Okazaki
  • 9 déc. 2025
  • 11 min de lecture

Dernière mise à jour : 10 déc. 2025


「まりちゃん、韓国語やめるってよ」という直球タイトルにしようか迷ったが... 思わせぶりな、詩的タイトルにしたい欲が勝ってしまった。皆さん、お元気ですか?ソウルは早速極寒に突入しかけているよ。



前々から、家族や親しい友達には打ち明けてきたのだけど... 韓国語の勉強が、本当に辛い。どうして同じ東アジア出身で、日本語が母国語だというのに、こうも辛いのだろうか。私はどうして韓国語との親和性がこんなにも無いのだろうか。


しかも韓国語の語彙は、大多数が中国語と日本語を起源にしていて、文法だってかなり日本語と似ているし、「こんなにも日本人にとって学びやすい言語はないよ」とまで言われるくらいなのに、今まで韓国に移り住んで、ぺらぺらになった日本人やフランス人を複数知っているというのに、私に言わせてもらえば「それなりに、超難しい」と言うしか他ならない。



話は遡るが — 私は小学校五年生の頃、なぜかその時期だけ、突発的にラジオを聞くことにハマっていた。誰がくれたか、小型ラジオ(しかもデジタル目覚まし時計付き)みたいなおもちゃが突然手に入ったせいで、日曜の午後など、お昼ごはんもそっちのけに、部屋でひたすら FM ラジオを聞いていた。暗い子...😂 



思えば、一番最初に韓国語に触れたのは、おそらくその頃だろう。私は山陰地方で育ったこともあって、夜になると時々朝鮮語の放送がキャッチできることがあった。ノイズ混じりにかすかに聞こえてくる言語は聞き慣れないもので、隣にいた父に「これ何語?」と聞いた記憶がある。あれはどちらの国の朝鮮語だったのか... (おそらく南の言葉だとは思うが)


海辺で遊んでいると、ハングル文字が印刷されたペットボトルを拾ったこともあった。今思うと、ソジュ(焼酎)のボトルだと分かる。初めて見る、どう読んでいいかも分からない文字で困惑したのを覚えている。



海に来ると、決まって父にいつも質問した。「ねぇ、この海の向こうにイギリスがあるの?」。父はなぜかイギリスが好きで、まだ幼稚園児だった私と妹を置いて、イギリスの田舎にある日突然、短期ホームステイに出かけたくらいだったので、幼い私にとっては、漠然と「海の向こう=イギリス」という図式が出来上がっていたのである。(ていうか 80 年代後半の日本で、娘二人のワンオペを妻に託し、イギリスにホームステイしに行くって... 義姉が聞いたら怒りそう😂)



父は決まって、「そうだよ。でもその前には、韓国や中国、ロシア... そのずーーーっと向こうにイギリスがあるんだよ」と教えてくれた。幼い私は、山陰の、なんでもない海岸沿いから遠い海の先にあるらしいそういった国々について、想いを馳せていた。その頃から、ぼんやりと、遠い外の世界に対して強く興味を持つようになっていったのかもしれない。



それから月日は流れ、私は京都で大学生になっていた。日本全体に、K ポブームの到来である。久しぶりに帰省すると、そんな私を察してか、父がさりげなく、ハングル文字が簡単に読める本というものを貸してくれる。「いろいろ読んだけどね、これが一番易しいよ」とか言っている。


確かに、漫画形式で、絵と合わせて書いてあり、この本のおかげで、数字・記号が苦手な私でもすぐに理解できた。システムの理解と、この形の母音は N で、この形の子音は A だとか、組み合わせで出来ている — そういった風に。



K ポップのみならず、世界的に韓国映画やドラマなどの韓国語コンテンツが大人気になると、圧倒的に韓国語に触れる機会が増えた。そうやって過去 5 年以上を濃密に過ごしていたら、日本語と似ているおかげで、字幕があれば、なんとなく意味が分かるレベルにも達した。


しかし、未だにきちんと体系立てて勉強したことはない。その時はまだ、2024 年に、約 15 年に渡るおフランス生活の後、まさか韓国へ引っ越すことになろうとは夢にも思っていなかったのである。





2025 年の年明けから、ここソウルで、私の本格的な韓国語の勉強が始まった。長期滞在者には、韓国政府が無料で授業を受けさせてくれるという有難いシステムだ。実は、始めの placement test で、「下から 2 番目のクラスへ入ってください」と言われたのだけど、うっかり返信を怠っていたら、「もうそのクラスは定員で埋まりましたので、一番下のクラスへどうぞ」と言われた(笑)。


定員の意義とは... って感じであるが、ぼやぼやしていた自分の責任なので、仕方ない。しかし、これが逆にとてもよかったのである。なぜなら、これ以上ない超初級のクラスなので、先生は、母音の発音・音の違いから徹底的に教えてくれたのである。テキストで見て勉強するだけでは到底分からなかった。「ウ」の音でも全然違うんだな、中国語っぽい感じもするな、やっぱり近いだけあるな、と感じたり。


さらにラッキーだったことは、センターの中でも最高の先生に出逢ったこと。生徒たちは「他の先生は遅刻にも厳しいし、授業は硬くて、全然楽しくない。友達はみんな止めちゃった」とかよく噂話をしていた。


それからアルゼンチン、バングラデシュ、インド、オランダ、デンマーク、フランス、オーストラリア、フィリピン、イラン人の親子、そしておフランス経由日本出身の私... 大体 12 人くらいで構成されるクラスメイト。



皆、いろいろな理由で韓国に来ていた。奥さんが韓国人だという者、カンナムで超高給英語講師として働く者、旦那さんの駐在で来ている者、ワーキングホリデーで来ている者... 様々だった。中には、母が 70 年代に、韓国から欧米へいわゆる国際養子縁組に出されて育ったので、自分はハーフコリアンだという子もいた。




過去に行われていた韓国の海外養子縁組については沢山観た。後半にクラスメイトも登場している。



終始笑いが絶えず、雰囲気はいつも楽しかった。教科書に、ちょっとでも面白い写真が出てくると、絶対に誰かがからかい出す。先生も「韓国語での “アルバイト” という言葉の起源は...」など、面白いエピソードを多数披露してくれて、教室は毎回笑いに包まれていた。



ある時、「私は◯◯です」という定番文句、会話の練習中に、一人のクラスメイトがしんみりと、悲しい顔をした。遠慮がちに話し出す。


「私は、実は医者なんだけど、夫が大使館に勤めてるせいで、 4 年に一回、国を動かなければならない。赴任先の国で医師免許があるわけではないので、働けないし、現場から離れてもう数年経つ。友達は働かないなんて優雅でいいねと言うが、全然そんなことはなくて...」


と言うではないか。


これを聞いて、みんな絶句、クラスは共感の嵐...!同じく駐妻として日々微妙な気持ちと葛藤している私は『医師の彼女に比べたら、零細フリーランスの私の悩みなんか何でもない...!!この人は医者になるべく研鑽を積んだのに、今は外国にいるせいで働けない苦しみを味わっているなんて!!😭』とショックを受けた。落ち込みがちな自分の頬を殴ってやりたい。(言い過ぎ)



様々なドラマというか、どうして韓国にやって来たのか、ちょっとした縮図のようなものがぎっしり詰まっていた。皆とても真面目で、エリートだった。「実は医者なの」発言の後、「実は私も本当は弁護士なの。だけど韓国では...」や、「母国で Ph.D.  に取り組んでいたんだけど、もう行き詰まっちゃって、全部やめて、韓国にやって来たわ」という発言も続き、私はそんなクラスメイトを尊敬する気持ちでいっぱいだった。先生は優しい微笑みで私たちを見つめていた。



夏の間は通えなかったので、必然的に皆とは離れ離れになり、レベルを一つ落とすことになる... せっかく韓国で出来た友達だったので、それがイヤだった私は、必死に一人で勉強をして、一つ上のクラスのテストを受験、無事合格。しかし、実際の授業が始まる前の二日間は、改めて猛勉強。



それぐらい大好きだった韓国語学校だったというのに、今年で終わりにすると決めた訳は... 



①私もそろそろいい加減、少し仕事をして、稼がなければ、家計がやばい。(こんなに貧乏な駐在員一家がいるだろうか... 否いない😭)


どれぐらいやばいかって?今日の私のお昼ごはん、残ってだいぶ硬くなったパンに、インスタントのきのこスープを付けて食す、だからね。なめないでくれるか。


まったくゴッホもびっくりよ。こんな食事したの、パリで学生だった時以来だよ😂 ちなみにこれ以外の時は、大体何らかの麺を食べている。もちろん、家で。



②家計もやばいし、私のメンタルヘルスもやばい。



③家計もやばいし、私のメンタルヘルスもやばいし、このままではいつまでも私の経済的自由がない。→これはサステイナブルではない。予想以上にキツい。




…現場からは以上です。





そもそも「駐在員」というビジネスモデルが、このグローバル社会において機能していない — とっくに破綻していると思っている。駐妻は働けないなんて、基本的人権の剥奪じゃないか、とさえ思う。(駐在する国にもよりますが...)



私たちは甘かったのだ。日本人なんだから、韓国語はすぐにマスター出来るだろう。そうしたら仕事もきっと見つかるだろう。夫さえ、そう思っていたらしい。しかし現実は厳しかった — 韓国は厳しかった、と言うべきかもしれない。



(私のスキルが至らないというのは大前提にしても)そもそも「英語で勤務可」の求人は皆無だし、どの求人にも絶対 “ Business Korean” 、“Full Korean proficiency” と書いてある。基本的に、グローバルに働きたい人・非韓国人向けではないのだろう。



私は負けた。韓国に完敗した気持ちだった。韓国語にも完敗した。初級の下が終わって、こんなにも話せない言語があるなんて。


長年 K コンテンツを観てきただけあって、相変わらず聞き取りは出来る。だけど、気を抜くとすぐに簡単なハングルさえも読み間違える。返答は相変わらず出来ない。もどかしい。フラストレーションだけが溜まっていく。


学校で習ったフレーズさえも間違えたりして、言い直そうとすると、韓国の人は大体せっかちなので、もうこっちの話なんか聞いていないし😂、動詞と形容詞の活用にいたっては、語尾の種類が多過ぎて、しかもそのどれもが似ていて、まったく覚えられない。それに敬語表現が加わったら... 悪夢だ。



上記はあくまで、一般的な「ヘヨ体」と呼ばれる、失礼のない口語表現であって、これにかの有名な「イムニダ体」が別枠として存在している。君臨していると言うべきか。韓国語でのニュースやインタビュー映像なんかを見ると、皆決まって「イムニダ体」で話しているのに気付く。



実は私には、韓国語がマスター出来たら、やってみたい夢があった。(BTS に仕事で会う、ではなくて...)それは、ソウルの孤児院でボランティアをすることだった。残念ながら相変わらず韓国語が話せないので、役に立たないのはおろか、面接にさえ漕ぎ着けられないであろう。



今まで語学だけは得意で、楽しく勉強してきたというのに、韓国語には完敗。なんという屈辱。これがもしイタリア語だったら、もう少し親和性があったのだろうか... いや、夫にはいつも「アクセントの位置が違う!」と怒られているしな(笑)。


また、週に 2 回、合計 3 時間だけ学習するのでは、到底足りないのも分かっている。韓国語を立派にマスターした外国人の友達は、皆決まって、「あぁ、それじゃ全然足りないよ、もっとインテンシブに勉強しなきゃ」と言うではないか。



確かにね。英語だって、(私の場合は)小学校 5 年生の頃から高校卒業まで近所にあったイギリス系の塾に毎週通い、中学に入っても英語だけは楽しく勉強し、高校にいたっては半数の授業が英語という特殊な環境だったし、そのまま外国語大へ行ってしまった。


フランス語にいたっては、二十歳の頃、パリで週に 25 時間、これを10 ヶ月半、集中して勉強したっけ... 。週末も遊びに出かけず、部屋に篭って、ほぼ泣きながら必死に活用を覚えたなぁ。


そう言えばこの頃、私は、今でも 15 区にあるプロテスタント系の学生寮に住んでいて、隣の部屋には韓国から来た女性が住んでいた。劇団員で、演劇を勉強しに来たと言っていた。寮には彼女以外にも韓国人の女の子達が複数住んでいたので、夜に彼女の部屋で集まると、必然的に韓国語での会話が聞こえてくる。私は壁越しにそれを聞きながら、眠りにつくこともあった。



しかし。しかしなのだよ。自分でも諦めが悪いと思うが、英語にしたって、フランス語にしたって、私が今韓国に住んでる期間 = 一年と二ヶ月もその言語圏で暮らしていれば、普通は高校生でも、もう少し話せるようになっていると思うのだよ。少なくとも、今の私の韓国語会話レベル(ほぼ0☆)よりは....... 


注・私がアラフォーでもう脳がヤバいってことは十分考慮しても、です。



それなのに、韓国語の難しさと来たら...... 勉強自体はとても面白いのに、話せないので喜びもない。諦めるのは悲しい。普通だったらこんなことしたくない。真面目に毎週 6 ページもある宿題もこなして、中間テストがあれば満点目指して必死に勉強した。週に二回学校へ行って、大好きな先生と友達にも会って、外の世界もあるんだなと感じて、少しは人間らしい気持ちにもなって、暖かい気持ちで帰宅する。


なので、あくまで断腸の思いで決断したのだと、理解してもらえると嬉しいです。間違っても石を投げてこないでー😂



それで出来た時間に何を始めるかと言うと — 冷やし中華始めました。というのはもちろん冗談で、ついに 1 月から書道レッスンを再開します。Ta-da!





さて、書は私を助けてくれるだろうか?書が甘くないことは、今までの経験上、重々分かっているつもりだ。しかし今、韓国で私に出来るのはこれしかない...... 初心にかえって頑張ります。


ソウル市へのコンテンツ提供(原稿書き)の仕事も、なんと継続になりました。こちらも引き続きよろしくお願いします。


韓国語は、これからはマイペースに、趣味として계속(継続)するぞー❤️


 
 
 

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